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山口流剣術とその時代   第三回

  古伝二刀流と山口卜真斎  


山口流剣術の形(かた)の体系は、中太刀を使った「表」九本と、小太刀を使った「裏」七本で構成されています。中太刀には、「三尺二寸内七寸柄」とありますから、刀身2.5尺の普通の長さの日本刀で、小太刀は脇差のことです。

表の技    中太刀
 一本目 燕帰
 二本目 燕迎
 三本目 車
 四本目 着目
 五本目 半月
 六本目 発走
 七本目 即意付
 八本目 紅葉賺
 九本目 打霞

裏の技    小太刀
 一本目 一拍子
 二本目 滝落
 三本目 打痿
 四本目 沸留
 五本目 入隠顕
 六本目 心々不動剣
 七本目 三済刀

根元の技   二刀
 一本目 車勝剣
 二本目 破勝剣
 三本目 砕勝剣

表の「燕帰」「燕帰」はそれぞれ「陰」「陽」と呼ばれ、この二本のみが山口卜真斎のオリジナルで、残りは門弟の新富田某との稽古の中で生み出されました。
つまり、山口卜真斎が新富田某と「日本無双」を賭けて争った頃には、山口流剣術には二刀剣術の技の三本と「燕帰」「燕帰」しかなかったことになります。
鹿島新当流には、初期の頃から富田流小太刀術が「外物」(そともの)として伝えられているので、山口流剣術の「陽」七本は、山口卜真斎が学んだ富田流の影響を受けたとも考えられます。また、新富田某の名前が富田流を連想させることから、新富田自身が富田流小太刀の達人で、山口流小太刀術は新富田の影響で創られた小太刀術だった可能性もあります。

表と裏をマスターした者には、「目録」「免許」「印可」「感応」という順にステージが上がります。

我々は、富山藩庁の記録や膨大な系図・目録類から、富山藩伝の山口流剣術の免許・印可取得者全員のリストを全江戸時代で作製し、山口卜真斎から続く系図も製作してみました。あまりに膨大な人数なのでここでは発表できません。

その中でいくつか面白い話題があります。

まず、富山藩の山口流剣術は、三代目の児玉勝信の後、小柴貞義の系統と奥田貞行の系統に別れ、どちらも幕末まで続きます。小柴の系統では、「目録」を「陰目録」と呼び、奥田の系統では「奥目録」と呼びます。明治時代になって、この奥田の系統から登場するのが中山博道です。
膨大な系図を調べても、山口卜真斎の直系の弟子は渡辺勘兵衛と山本家継だけで、伊藤将監の名前はありません。ただし、山口卜真斎の門弟には、
「渡辺と山本の二人が知らない門弟が多数存在する」
との記述がありますので、富山藩以外にも多数の系統があったことを認めています。

また、直弟子の渡辺勘兵衛と山本家継、そして山本の弟子の児玉勝信の三人が、偶然にも辻月丹と同じ近江国の出身だと言うことです。山口ト真斎と近江には、なんらかの因縁があったのでしょう。
児玉勝信は、富山藩に山口流剣術を伝えた人物ですが、その後は富山藩に永住して生涯を終えています。


ここで、山口流剣術の最終奥義とも言える二刀剣術に注目しましょう。
剣術の技として二刀の技法は珍しくはありません。しかし、大抵は一刀剣術をメインとした流派の奥伝に併伝されている程度で、あくまでも一刀の技術の延長上に二刀遣いが存在するというパターンが普通です。
山口流剣術の中核は一刀剣術と小太刀術ではありますが、山口流剣術が二刀流からスタートしているという点、つまり一刀剣術の延長上には存在していないことは重要なポイントです。

では、山口卜真斎は二刀剣術をどこで学んだのでしょうか?そもそも、山口卜真斎の時代より以前から二刀流剣術は存在していたのでしょうか?


宮本家伝の当理流の流れをくむ鉄人十手流の伝書から。右手の太刀と左手の十手を組み合わせた剣法だった。この十手は、鉤付き短剣のことで、捕り物で使用される十手とは異なる。

二刀流と言えば、山口卜真斎と同じ時代に生きた宮本武蔵が有名です。
宮本武蔵が二刀流に開眼した時期には諸説ありますが、「二天記」では、伊賀で鎖鎌の宍戸某と対戦したときに、太刀を構えた武蔵が宍戸の振り出した鎖にカウンターで小太刀を投げつけた場面が、武蔵が二刀を使った最初として記されています。宮本武蔵が宍戸と対戦したのは慶長十年(1605)頃と言われており、山口卜真斎が二刀流に開眼した元和六年(1620)より十五年も前のことです。 宮本武蔵の二刀流は、宮本家の家伝である当理流十手術の応用という説もありますが、いずれにせよ山口卜真斎や宮本武蔵の時代以前から、二刀剣術が存在していたことは確かなようです。

武芸流派の発祥伝説では、「天狗」「猿」「摩利支天」「異人」「仙人」などから秘術を授けられるというパターンは珍しくなく、剣術の元祖とも言うべき「念流」の慈音(じおん)は、京都の鞍馬山で「異人」から秘術を授かっています。鞍馬山は天狗伝説でも有名で、鞍馬流には「天狗」が登場しますし、神道流を創始した飯篠長威斎も鞍馬山で「天狗」から秘技を伝授されています。
「天流」の斎藤伝鬼に剣術を伝授した修験者風の老人も、おそらく天狗のような風体だったのでしょう。


 能に登場する鞍馬天狗。
 孔雀扇を使って義経に武芸
 を教える。

武芸伝説に登場する「天狗」の正体は、山岳修験者のことだと言われています。 こうした超現象の信憑性についての議論はしませんが、伝承を知っておくことは重要だと考えます。

前述したように、山口卜真斎は、まず鹿島で「天流」を含めた「鹿島・香取の剣」を学び、鞍馬流、天然流、丸目流、神当流、富田流、などを学んだ後に山口流剣術を興したことから、山口流剣術の二刀技法は、これら既製流派の影響を受けていると考えてよいでしょう。
ただし、現在に伝わる天流、鞍馬流、富田流、神当流などが、戦国末期や江戸時代初期の技を正確に模倣しているとは言い難いので、今日に伝わっている技法面から四百年前の山口流剣術の歴史に迫るのは難しいと考えています。

断っておきますが、我々はこれら流派が正しく伝承されていないと主張しているのではありません。当時の山口流剣術を考察する上で、現代の鞍馬流や富田流の動作を基にすることは危険であると考えているのです。
例えば、今日の尾張柳生家の新陰流は、正しく伝承された流儀であることを否定しませんが、流祖・上泉信綱の新陰流とどの程度同じなのかは甚だ疑問なのと同じです。


  柳生宗厳が竹田七郎に与えた絵目
  録から「智羅天」という技。
  現在の新陰流では、抜刀した状態か
  ら技が始まる。これは柳生宗厳の絵
  目録を反映した動きになっている。
  

少し脱線しますが、このサイトをご覧の方には剣術や居合に興味を持っている方もいるようなので、剣術と居合を例にして説明しましょう。

柳生宗厳(むねよし/石舟斎)が慶長六年(1601)に竹田(金春)七郎に与えた絵目録にある技は、師の上泉信綱が柳生宗厳に与えた目録にある技と同一の動作なのかを考えてみます。
もちろん、目録上の技の数や名称の違いは簡単にわかります。しかし、同じ名称の技の動作の比較は、上泉信綱と柳生宗厳の形(かた)を正確に窺い知ることは出来ない以上、容易ではありません。

ここで、柳生宗厳と同じく上泉信綱から新陰流の印可を受けた丸目長恵(ながよし/蔵人佐)が、元亀3年(1572)に田浦美濃守に与えた新陰流の免許状にある同一名の形の図と比べると、面白いことがわかります。
ちなみに、上泉信綱の数多い高弟の中でも、最晩年の弟子である柳生宗厳と丸目長恵は、上泉が晩年に創作した奥伝まで許された唯二人でした。この二つの新陰流は、後に「東の柳生、西の丸目」と讃えられることになります。

では、「柳生新陰流」と「丸目新陰流」の決定的な違いとは何でしょうか?


  丸目長恵の新陰流目録より。
  抜刀する前の状態から始まって
  いる。

それは、今日まで伝わる柳生宗厳の形(かた)は刀を抜き放った状態から始まるのに対して、それより30年前の丸目長恵の形は、まだ刀を抜いていない、鞘の内から始まっている形がほとんどなのです。例えば「智羅天」という技です。
つまり、「柳生新陰流」は「立合」から始まるのに対して、「丸目新陰流」は「居合」から始まっていたのです。
ちなみに、丸目長恵はその15年後の天正15年(1587)頃から「タイ捨流」を名乗るようになるのはご存じの通りです。

同時代の新陰流であっても、このように大きな違いがあるわけです。
柳生よりも古い丸目長恵の方が上泉信綱の新陰流に近いと仮定すれば、現在の柳生家伝新陰流の動きから上泉信綱の形を推測することは危険という結論になります。

このように、形(かた)の分析から歴史に迫るというアプローチは難しいと考えざるを得ません。やはり鞍馬流や富田流に伝わる逸話から山口流剣術に注目するしか無いようです。


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