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無外流と文殊菩薩 第一回



無外流の創始者・辻月丹が、江戸の麻布吸江寺で「一法実無外」(真理以外のものは何もない)の偈(げ)を与えられたのは延宝8年(1680)6月23日のことです。禅には、壁に向かって黙照を説き、仏本来のあるがままの坐禅に取り組む曹洞禅(そうとうぜん)と、いわゆる禅問答として知られる公案を説き、公案を用いて迷いから悟りへの転換を期す臨済禅(りんざいぜん)がありますが、辻月丹が学んだのは前者と考えられます。

吸江寺(東京都渋谷区) 〜 無外流兵法譚
辻月丹が師事した吸江寺の開山・石潭良全(せきたんりょうぜん)は、戦国大名の大友氏の家臣だった福井氏の末裔の僧侶です。土佐郷土史研究の第一人者である平尾道雄によれば、石潭の出身は上野国(現在の群馬県)ですから、吸江寺を建立した板倉周防守の領地が安中藩(群馬県安中市)であることと関係があるのかも知れません。

現在の吸江寺は、臨済宗妙心寺派に属する小名刹ですが、開山当時は曹洞宗だったそうで、石潭は曹洞宗の僧侶を名乗っていたと考えて良いでしょう。今日的な価値観で言えば、ある時期に吸江寺で曹洞宗から臨済宗へ改宗が行われたと考えがちですが、それは正しくなく、むしろこの時代の吸江寺には曹洞宗と臨済宗の両宗派の寺院の顔が存在していたと捉えた方が正確と言えます。吸江寺の宗派と江戸時代の宗教政策については、別に述べる予定です。

曹洞禅の道場。両端のマスが修行者が座禅する場所。 〜 無外流兵法譚
禅宗では、禅を修行する場所を道場と言い、道場の中央に聖僧(しょうそう)として文殊菩薩像(または仏画)を配置するのが正式な作法です。右図は、曹洞宗の道場の作法です。臨済宗の場合は、聖僧の後ろ側に前門(出入口)が設置されることになります。
また、専用の道場でなくとも、寺院の一室に聖僧を安置して、即席の道場にすることも可能です。

「三人寄れば文殊の知恵」でもお馴染みの文殊菩薩は、智恵をつかさどる菩薩とされ、釈迦とも対等に問答を交えることができた唯一の弟子です。その一方で、右手に持つ宝剣は天上界最強と言われ、修行者のどんな迷いも断ち切ってくれる強さも兼ね備えているのです。

現在、吸江寺に文殊菩薩像は残っていないそうですが、辻月丹が文殊菩薩の前で禅修行をしていたことは想像に難くありません。幕末の記録によると、無外流の伝承者が道場に文殊菩薩像を配置して剣術や居合を稽古したことが確認できますが、これは辻月丹以来の禅の影響なのです。


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