MENU 〜 無外流兵法譚
はじめに 〜 無外流兵法譚
史談往来 〜 無外流兵法譚
武道浪漫 〜 無外流兵法譚
お問い合わせ 〜 無外流兵法譚
TOPページ 〜 無外流兵法譚
無外流真伝剣法訣 〜 無外流兵法譚
無外流兵法譚
史談往来 〜 無外流兵法譚
宗偏流(そうへんりゅう)と
    石州流(せきしゅうりゅう)
   
    辻月丹と茶湯
  
                第四回


千宗旦の友人に、桃山〜江戸時代初期に芸術家・刀剣鑑定家・茶人としても活躍した本阿弥光悦(永禄元年(1558)〜寛永14年(1637))がいます。

        本阿弥光悦
  本阿弥家は足利時代より刀装用
  の工芸品なども作成していた名
  家である。光悦は、工芸家以外
  にも書家、画家、作庭師とマルチ
  な才能を開花させた。
本阿弥光悦の言行を記述した「本阿弥行上記」には、千宗旦のエピソードとして、江戸幕府から呼び出された千宗旦が、嫌がって仮病を使って断ったという記述があるため、後にそれが権力に迎合しない「孤高の侘び茶」を目指した姿だと解釈されています。これが史実なのか判断は出来かねますが、少なくとも「元伯宗旦文書」から読み取れる宗旦は、早く就職して貧困から脱却したいと願っていたことがわかります。

また、「元伯宗旦文書」から宗旦は京都を離れるのを極端に嫌っていた姿も読み取れます。しかも、外様大名よりも安定した親藩・譜代大名に仕官することを望んでいたため、外様大名が多い畿内での就職の可能性はますます狭くなっていました。

千宗旦の四人の息子のうち、三男、四男、次男、によって確立された系統が、後に三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)と呼ばれることになります。


      
元伯宗旦文書
   昭和12年(1937)に表千家の蔵
   から発見された千宗旦の書簡。
   享保年間には323枚あったらし
   い。昭和46年(1971)に出版され、
   世に知られることとなる。
   従来言われていた長男との不
   仲説など、実際には存在しなか
   ったことがわかる。
従来から言われているように、千宗旦が4人の息子たちの就職に熱心だったことは間違いありません。しかし、長男を勘当して、千家の茶湯を3人に継承させたというのは正確ではありません。
次男と三男の間には年齢差があり、時代の価値観があまりに激しく変動した頃ですから、4兄弟が同世代だと考えてしまうと、三千家分立の背景を見誤ることになります。
長男、次男の頃はまだ世の中が安定しておらず、千利休の曾孫が簡単に就職できる時代ではありませんでした。若い三男、四男の時代には、江戸時代も中期に差しかかり、大名にとっては千家の人間だからという理由で採用を躊躇する必要はなくなっていました。そこで若い三男と四男の就職が叶い、後に次男も日の目を見ることができたわけです。しかし、すでに長男は亡くなっていたため、千家の茶道を継ぐことは叶いませんでした。
長男を勘当して計画的に御三家のごとく三千家を分立させたわけではなく、千家にとっての冬の時代に直面したのが宗旦と長男であり、雪解けに間に合ったのが三男と四男で、なんとか次男もそれに加われたというのが真相です。長男がもっと若く長生きしていれば、四千家になっていたかもしれません。

千宗旦に限らず、こうした流祖自身が仕官を固辞して清貧を貫き、代わりに息子を推薦したという伝承はたくさんあります。同時代の宮本武蔵や柳生宗厳(石舟斎)も、自分よりも息子を世に出した親と言えるでしょう。これらは、あくまで流儀の後継者たちによって語られた伝承なので、真実は違っている可能性もありますが、少なくとも息子の就職に熱心だったという部分では、どのケースも真実と考えてよいでしょう。
それが親心なのでしょうが、いつの時代も親とはありがたい存在です。

辻月丹にも似た逸話が残っています。
大名たちから数々の仕官の斡旋を固辞し、それよりも息子(養嫡子)や弟子たちの就職に熱心だったという話です。これも、どこまでが史実かはわかりません。しかし、酒井家や山内家には息子たちが仕官して、幕末まで流儀を残していますから、やはり親としての努めを果たしたことは間違いないようです。そして、おそらく辻月丹の脳裏には、宮本武蔵、柳生宗厳、そして千宗旦の生き方が浮かんでいたはずです。彼らは皆、自分の仕官よりも我が子の仕官を優先した有難い親たちだったのです。



Back(第三回)<< 宗偏流と石州流メニュー >>Next(第五回) 
トピックス 近世史研究会 〜 無外流兵法譚
2010.03.20  無外流創始330周年記念
史談往来 「
辻月丹はここにいる 無外流祖 辻月丹物語 噴火の章」 アップ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
2008.11.15
史談往来 「
宗偏流と石州流 辻月丹と茶湯」 アップ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2008.06.23
史談往来 「
辻月丹はここにいる 無外流祖 辻月丹物語 青雲の章」 リニューアル  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
2008.02.01
武道浪漫 「
山口流剣術とその時代」 アップ 1 2 3 4 5 6 7 8 9
2007.09.16
史談往来 「
辻月丹はここにいる 無外流祖 辻月丹物語 不死鳥の章」 アップ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
2007.05.21
史談往来 「
無外流と忠臣蔵 元禄赤穂事件外伝」 アップ 1 2 3 4
2007.05.01
史談往来 「
吸江寺をさがせ! 無外流が生まれた風景」 アップ  1 2 3 4 5 6 7 8
2007.04.08
史談往来 「
辻月丹はここにいる 無外流祖 辻月丹物語 青雲の章」 アップ  1 2 3 4 5 6 7 8
2007.03.10
史談往来 「
プロジェクトエックス 将軍謁見事件の真相」 アップ  1 2 3 4 5 6 7 8
2007.03.01
史談往来 「
無外流と文殊菩薩」 試験アップ  1 2 3
2007.02.25
無外流兵法譚 試験アップ開始  
 
 COPYRIGHT(C) Modern History Workshop.

無外流兵法譚