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 将軍謁見事件の真相  第七回


今度は、願書の内容に注目しましょう。

ふつう、この手の願書には、これまでの試合遍歴とか、どれだけ強いかということを強調します。しかし、この願書は、旗本や大名にたくさんの弟子がいることを強調しています。

辻月丹に入門した大名の名前に注目すると、あることがわかります。
大名は、昇進や領地替えなどに伴い、一生のうちに名前を何度か変えるものです。
月丹に入門誓詞を出したときの名前は、じつはほとんどがこの御目見得願を出した時期の名前なのです。
たとえば、酒井忠挙と柳沢吉保を例にして説明しましょう。
酒井忠挙が辻月丹に提出した入門誓詞には、自身を「酒井勘解由(かげゆ)」と名乗っています。酒井忠挙が「勘解由」を名乗るのは、宝永四年(1704)〜享保五年(1720)です。
柳沢吉保は、元禄十四年に徳川一門に加えられ、将軍綱吉から松平美濃守という名前を貰った 〜 無外流兵法譚柳沢吉保は、入門誓詞には「松平美濃守」と記載しています。柳沢が「松平美濃守」を名乗るのは、元禄十四年(1701)〜正徳四年(1714)です。いずれも謁見願書を提出した宝永六年(1709)当時の名前と一致するのです。

つまり、酒井忠挙も柳沢吉保も、もともと月丹に誓詞を出していたのでなく、御目見願書を出すという酒井忠挙に請われて、願書に箔をつけるために入門誓詞を用意したと考えられます。中川申一著「辻無外伝」では、「火事によりそれまでの誓詞は消失した」と述べてありますが、そうではなく、そもそもそれまで誓詞など存在しておらず、この謁見を成功させるためだけのツールだったと考えるほうが自然です。
これは、大名たちが辻月丹に「名義貸し」のように形だけ入門したという意味ではありません。おそらく程度の差こそあれ、大名たちは無外流を学んでいたはずです。下野黒羽藩主・大関増興(おおぜきますおき)のように、無外流の巻物を書き残している人物もいるからです。

酒井忠挙が辻月丹と知り合うのは、元禄年間の初期と考えられます。酒井忠挙が無外流に入門したのが、酒井勘解由を名乗る宝永四年(1704)以降であるということは、酒井は辻月丹を知って20年もたってから入門したことになります。この点はどのように考えた良いでしょうか?

入門誓詞と聞くと、今日的な感覚では入学願書のようなものを想像するかも知れませんが、意味合いが少々異なります。もちろん、入門誓詞が稽古に先んじて必要な例は多いのですが、長年の精進によって弟子入と認められた者にのみ許される入門誓詞もありました。代表的な例として、徳川家綱が新陰流の稽古をはじめた時期と入門誓詞の時期を確認しておきましょう

初めての稽古  明暦二年(1656)
入門誓詞提出  寛文四年(1664)

このように、入門誓詞のほうが後の場合もあるのです。
寛文四年、徳川家綱から柳生飛騨守宗冬に提出された誓詞






つまり、酒井忠挙は、20年以上も前から辻月丹を知っていたし、無外流も稽古した経験があったものの、入門誓紙は提出していなかったのです。それが、将軍謁見というイベントを成功させるために、急遽誓紙を用意したのだと考えられます。

こうした大名たちの入門誓詞が、この謁見を成功させるために用意されたと考えざるを得ないもうひとつの理由は、この大名たちの人選です。とくに、大老格の柳沢吉保と、松平清武が含まれていることです。この二人は、明らかに将軍家宣への影響力を考えた布陣でしょう。

まず、松平清武ですが、言うまでもなく家宣の唯一人の弟です。しかも、家宣とは母も同じ全弟なのです。それだけでなく、この兄弟は、父親の松平綱重が結婚前に女中に産ませた子供で、京都から正室を迎えるにあたって体裁が悪いとの理由で、家臣の家に養子に出されてしまった点まで似ているという、同じ苦労をしてきた仲なのです。家宣への影響力は絶大です。


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