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 将軍謁見事件の真相  最終回


さらに、柳沢吉保をメンバーに加えていることが、この入門誓詞の最大に注目すべき点です。柳沢吉保は、酒井忠挙との姻戚関係でこのメンバーに加わったと考えがちですが、それだけではありません。明らかに家宣への影響力の大きさを期待したものなのです。

東京都文京区にある庭園・六義園(柳沢の江戸藩邸の跡)。元禄時代、小石川後楽園と並んで江戸二大庭園と呼ばれていた。












  東京都文京区にある庭園・六義園は柳
  沢吉保の江戸藩邸の跡である。元禄時
  代、小石川後楽園と並んで江戸二大庭
  園と呼ばれていた。
柳沢吉保は、家宣政権スタートの頃に隠居したため、家宣によって失脚させられたような俗説がありますが、事実はまったく違います。家宣を跡取りにすることをなかなか認めなかった綱吉を説得したのは柳沢であり、家宣の西の丸入りを実現させた最大の功労者であり、家宣にとって柳沢は大恩人なのです。江戸時代を通じて、大きすぎる権力を握った人間が、次の政権で失脚するとき、例えば田沼意次のように改易・転封などのペナルティーを課せられるものですが、柳沢吉保だけがまったくの無風で隠居できたことからも、柳沢の隠居が失脚ではないことがわかります。もし、家宣が柳沢に対して悪印象を抱いているのが明らかであれば、メンバーに加えるはずがないのです。これは、酒井忠挙ら当時の人々にとっても、柳沢と家宣の仲が良好だと受け止められていたからに違いありません。

じつは、柳沢が家宣によって失脚させられたかのような歴史観は、江戸時代後期になってからのものなのです。今日でも、柳沢が正しく評価されているとは思いませんが、少なくとも戦前までは綱吉や柳沢は悪であり、それを取り除いた家宣や新井白石は正義という対立軸で評価していました。月丹の御目見得願と入門誓詞をリンクさせて考えれば、ここに反映されている歴史観は、明らかに江戸時代中期のものであり、この御目見得願書の一件が後に捏造されたものではなく、明らかに江戸時代中期の価値観でなければ説明できないと確信できるのです。

したがって、通説をこれまで検証した結果、正しくは次のようになります。

「1回目は宝永6年(1709)、六代将軍・徳川家宣に御目見得願を提出した。老中ら幕閣からは許可が出たが、家宣の側近らの反対で謁見は不成功。
 2回目は、その10年後の享保4年(1719)に吉宗に御目見願を出したが、これも酒井忠挙の死去で流れた。
 願書に箔をつけるために、大名から誓詞をとった。
 それも、家宣の実弟の松平清武やその息子の松平靱負(ゆきえ)、家宣を次期将軍に推して恩を売っていた柳沢吉保、家宣付きの老中・小笠原長重、酒井雅楽頭親子、伊達一門や山内土佐守という大物を誓詞メンバーに加えた。」


と考えるべきなのです。



油日神社と石灯籠






















  馬杉(ますぎ)の油日神社の鳥居
  と石灯籠。最寄り駅はJR上馬杉
  駅だが、隣のJR甲賀駅からタクシ
  ーで行くのが最も早い。バス停が
  近いので、時刻が合えばバスもO
  K。隣の甲賀町にも油日神社(同
  名)があるので、運転手さんには
  「馬杉の油日神社」と伝えるのを
  忘れずに!
辻月丹の故郷の滋賀県の油日神社には、正徳3年6月、辻月丹が65歳のときに寄進した石灯籠が残っています。油日神社の伝承によると、辻月丹が寄進した理由は「武運成就の嘉儀(がぎ)」となっています。一見すると、故郷に錦を飾った有名人が、地元に碑を建立するのに似ていますが、はたしてそれだけの意味でしょうか?
今日では、66歳を「緑寿」として祝うようですが、江戸時代中期にこの風習は存在しません。ちなみに「緑寿」という習慣は、日本百貨店協会の発案です。江戸時代にあったのは、還暦(60歳)と古希(70歳)でした。寿命の短い江戸時代のことですから、「武運成就の嘉儀(がぎ)」という理由ならば、還暦に寄進するのが普通に思えます。では、なぜ辻月丹は65歳という中途半端な時期に寄進を思い立ったのでしょう?
それは、正徳3年というタイミングに大きな意味があります。
この前年の10月に、徳川家宣が亡くなりました。辻月丹は、もはや叶わぬ夢となった将軍謁見プロジェクトの記憶を、石灯籠として残しておこうと考えたのではないでしょうか?このプロジェクトでは、多くの人々が月丹のために働いてくれました。そして、想像もしない数の大名たちから入門誓詞までもらえました。
たとえ謁見が実現しなくとも、辻月丹が願書に書いた「冥加の為、かつは芸術名利」は、彼自身のなかで十二分に成就されていたのです。



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