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無外流兵法譚
史談往来 ~ 無外流兵法譚
辻月丹はここにいる
 無外流祖・辻月丹物語
      噴火の章   第16回

 ~ 無外流真伝
       剣法訣とは何か?① ~



     晩年の辻月丹資茂像
       (伝田中貝峯画)
辻月丹が延宝8年(1680)に書いた「無外流真伝剣法訣」は、現在でもその内容が謎とされています。これは無外流兵法(剣術)の精神を説いたものだという説もあれば、剣術の形(かた)の動作を暗号的に解説したものだという説まで、さまざまです。
「無外流真伝剣法訣」とは何だったのか?
辻月丹を考える上で、このテーマは避けて通れない問題のようです。

すでに紹介した、延宝8年(1680)の「無外流真伝剣法訣」をもう一度確認しておきましょう。
「夫れ撃剣の術は鎮国の大権、撥乱の要備なり」ではじまる「無外流真伝剣法訣」は、これを書く目的を宣言した前半部分(序文)と、「十則」の後半部分から構成されています。

前半部分で最も重要なのは、辻月丹の次のような主張です。

私は猛暑や厳冬のときにも剣法と禅の修行を怠らず、ついに悟ることが出来た。それは、一人の敵を相手とする剣法が、世の中の万事に通用することである。
それ以来、弟子たちにこの剣法を教授して年月を経た。これらの門弟のうち、剣法の技術を覚える者は多いのだが、私の精神を受け継ぐ者はとても少ない。私が心配なのは、このままでは誰にも聞くことが出来ずに、百年後にはこの精神を受け継ぐ流れが途絶えてしまうことである。
そこで新たに十則を定め、手ほどきとしたのである。

また、
「器(うつわもの)のない者には、一言たりとも伝えてはいけない」

とも述べ、その器とは、
「禅を学び、了知に達している」
ことだと「十則」の末文に書かれています。
「了知」とは、真理を悟り知ることですから、禅の知識を持っている程度では、「剣法訣」を授かる資格には程遠いようです。

もうひとつ重要なのは、この「十則」が無外流の
「奥義」
であり、これは
「先師から相伝」
された教えの中から、10個だけを選んだものだと述べていることです。本来は、「撰述」とは「選ぶ」というよりも、僧侶が研究成果を著述するというニュアンスの言葉ですが、研究対象が禅の公案集や経典になるため、膨大な教義の中から「選ぶ」という意味で捉えたほうが理解しやすいと思います。

これまでは、無外流創始を元禄6年(1693)の出来事と勘違いしていたため、この伝書と無外流創始を関連付けて考えることはありませんでした。しかし、無外流創始が延宝8年6月となれば、これまでとは見方を変えなければなりません。
「先師」とは、亡くなった師匠のことです。この伝書が完成する直前まで、辻月丹は麻布吸江寺で石潭良全の教えを受けており、伝書の成立と同時期に石潭が亡くなっているのですから、ここに登場する「先師」とは石潭を指すことは明白です。石潭からの教えを集めて成立している「十則」である以上、これが剣術の形(かた)の動作解説であると解釈するには無理があります。
つまり、沢庵宗彭が徳川家光や柳生宗矩の前で、禅語を用いて兵法の極意を説いたように、石潭良全も辻月丹に禅語で兵法を語ったのです。しかし、それは刀法や足遣いのような狭義の技術論ではなかった筈です。
もう少し大げさに言えば、、たとえば臨済宗でもっとも尊重される仏教書である「碧巌録」(へきがんろく)が、千七百則の公案の中から雪竇重顕(せっちょうじゅうけん)によって選ばれた百則から構成されているように、辻月丹が石潭良全から学んだものの中から、「万事に通じる」原理を抽出して剣術の教義として結晶化させたものが「無外流真伝剣法訣」になるのです。


    石潭禅師墨跡(吸江寺所蔵)
  石潭良全の晩年の墨跡。傅大士の
  頌二首が書かれている。
「神明剣」「鳥王剣」のような、いかにも刀法らしい名称が並んでいるため、「無外流真伝剣法訣十則」が無外流剣術の形の名称であり、形の動きを解説しているように思いがちですが、序文を読めば流儀の精神を後世に伝えるための公案として書かれたことがわかります。
たとえば、柳生宗矩が著した「兵法家伝書」に登場する「神妙剣」が、形の名称ではなく、「霊妙な心の働き」(『柳生新陰流道眼』柳生延春著)を意味するように、あるいは「是極一刀」が刀剣とは無関係なように、「○○剣」「××刀」だからと云う理由だけで、安易に刀技と結びつけてしまうのはいただけません。

また、江戸後期(天保年間)の事例ではありますが、たとえば、江戸の土佐藩邸で奥医師を務めた荒川侗敬が、都治文左衛門賢信の頃の無外流の教義を克明に記述した手記が存在します。
荒川は、次のように書き残しています。

剣ヲ学バント欲スレバ須(すべか)ラク心法ヲ学ブベシ。予(=荒川)江都ニ於イテ辻文左衛門及ビ其ノ子喜摩多ト親シク交ワリ剣道心法ノ説ヲ聞ク事数回。其ノ所謂無外流ノ名称ハ禅偈ヨリ出デタリ。

荒川家は、土佐藩で代々医師の家系として高知城追手筋に屋敷を構えていました。侗敬はその6代目にあたります。土佐藩士・祖父江十右衛門の三男として生まれ、荒川家5代目玄雄の嫡養子となったのでした。後には土佐藩13代藩主・山内豊熈(とよてる)の侍医も勤め、医学校頭取にまでなった人物です。
和漢の学問だけでなく、詩歌や武芸にも通じており、藩命で江戸に滞在したおり、都治文左衛門賢信・喜摩多父子の無外流に入門していたのです。

荒川侗敬は、都治父子から授かった無外流の教義や、辻月丹や都治家の人々の話などを克明に記述しており、上記は序文にあたります。本文では、荒川が聞いた無外流の話が延々と続きます。
一例として、下記の記述を紹介しましょう。

心法ノ極意ナレ足下ノ才ヲ以ツテ剣道ノ修行スレバ随分進達難カルマジ。然レドモ凡ソ芸道ニハ必ズ本末ナカル可カラズ。技芸ハ末ニシテ心ハ本ナリ。其ノ根本ヲ養ハズシテ只ニ子葉ヲ学ブハ、砂上ニ家屋ヲ築クト一般危ブクモ亦タ愚ナラズヤ。是レ辻家無外流ニ於イテ心法練習及ビ死活術ヲ伝フル所以也。

荒川侗敬によれば、江戸の無外流家元では、剣術の技法とともに心法の教授もしていたというのです。そしてこの心法までを履修した者だけに「無外流真伝剣法訣」を目録として与えていたということです。このことは、「十則」を「奥義」として捉えていた事実と合致します。
また、荒川は都治家の無外流を、「座禅観法」という呼び方もしています。


   大森曹玄(1904-1994)
  大森は、臨済宗の禅僧で
  ありながら、直心影流の
  指導もおこなっていた。著
  書多数。
「無外流真伝剣法訣十則」が心法を説いた文書であるという主張は、むしろ従来からの定説で多数派でした。心法説を支持した人物としては、大森曹玄(「剣と禅」昭和41年)、中川申一(「無外真伝兵道考」昭和43年)、戸部新十郎(「兵法秘伝考」平成7年)などが数えられます。しかし、従来の主張の根拠が希薄だったのは、はじめから「精神を語った書」と決め付けて、パズルを解くように単語の解釈に終始したことにあると我々は考えています。まず「心法説」ありきで、高名な禅僧の知恵を借りて解読しようとしても、この「剣法訣」全体の世界観は容易には見えてきません。
もっとも、「技法説」にしたところでこの点では五十歩百歩で、「なんとなく剣術の技の名前のようだから」という理由だけで「心法説」を否定しているだけでは、余りにも根拠が希薄と言わざるを得ません。

我々が試みたアプローチは単純です。
江戸時代に一時期でも無外流が存在していた高知、姫路、小野、前橋、伊勢崎、豊田、吉田、岩槻、棚倉、唐津、郡山、大田原、などの人々に取材し、また、その土地に伝わる文書類のなかに、「十則」についてコメントをしている部分を徹底調査したのです。辻月丹の子孫やその弟子たちの書いたものの中に、「十則」のヒントを探そうと考えたのです。

  森下派五代・森下為衛辰慎か
  ら相馬将監に授与された「無外
  流真伝切紙」。「当流ノ剣法ハ
  大ヒニ他流ト異ナル。蓋シ衆技
  ノ間直ニ生死ノ場ニ向カフガ如
  シ。景気、模様ヲ以テ稽古仕ル
  ノミニアラズ。年月ヲ以テ兵法
  ノ奥意ニ至ルガ専要ナリ。
幸いなことに、現在でも伝書類はかなりの数が確認できましたが、「十則」すべてが完全に解明できたわけではありません。地方の文献の中には、明らかに江戸の都治家元の教えと矛盾する(としか考えられない)ものもあり、また後世に書き加えられているコメントや、地方の師範家独自の別伝なども多く、それらの取捨選択には迷う部分もあります。土佐無外流でも、江戸後期には切紙も登場しているように、江戸後期の史料が辻月丹の時代の無外流をどの程度反映しているのかについても、疑問が残るところではあります。
現在のところ、流派に残る教義を補足することで、「十則」がどのように教えられていたのかがほぼわかるまでなりました。そして、「無外流真伝剣法訣」の全体の世界観も見えてきました。




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